大木啓至 写真展



2017年11月4日(土) -25日(土)

作家略歴


タイプCプリント

  


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夜空に輝く火星の赤い光。
山に響く滝の音。
雨の日の匂い。
暗闇に飛び交う蛾の残像。

私たちが日常で触れる像や色、音などは、言語化することで同じような概念を共有することは出来ても、互いに全く同じ感覚を有することは出来ない。
そのような言葉では伝えることが出来ない意識に現れる感覚的質感のことを「qualia(クオリア)」と呼んでいる。

写し出された自身の表象は、他者に触れた瞬間から私の元を離れ、境界は曖昧になり意味さえも消え、やがて新たな視点を得て別のイメージへと変容していく。

私はあらゆる事象を見つめ掬い上げ続ける。
それらが 波紋のように広がり、見る人の様々な記憶や感情の中で自由に感じてもらえればと思う。

                                             大木啓至


 例えばわたしが、「空が青くて綺麗だね」と言ったとき、あなたが「そうだね」と返してくれたとして、けれど果たしてわたしにとっての「青」とあなたにとっての「青」は同じ色なのだろうか、わたしにとって「綺麗」なものは、あなたにとっても「綺麗」なのだろうか。
 というようなことを、ふと考えることがありますが、それを確かめる手段を、わたしたちは永遠に持たないでしょう。それなので、大体は「青い空が綺麗だね」と言われたら「そうだね」と返し、いつしかあなたにとっての「青」も、あなたにとっての「綺麗」も、想像することは減っていくような気がします。そもそも、そうでなければわたしたちの日常会話は、ほとんど成り立たなくなってしまうはずです。

 本作品は、そのように「言葉」に頼った人間の世界から、わたしたちを連れ出してくれるように感じます。
 闇の中の仄かな光は、蛍か月か。それは生物か、無生物か。そこは地球か、あるいは宇宙か。カメラを通して等価に見つめられる被写体たちは、わたしたちが普段相反したものとして区別する「こっち」と「あっち」の境界線を越えて浮遊しています。見慣れたものと新たに出会い直す体験は、わたしたちに、自由さと、心許なさの両方を与えてくれるものかもしれません。

 わたしたちは自らの知覚体験を伝達するとき、「もの」や「感情」ひとつひとつに名付けた言葉を頼っています。しかし、知覚体験そのものは決して共有することができません。

 「Qualia(クオリア)」。「決して共有することができない」という切なさそのものをタイトルにしているにも関わらず、わたしはこうして言葉を紡ぎながら、「それで一体、あなたには、どう見えているのだろう」と、やっぱり想像せずにはいられないのでした。

                                    ギャラリー冬青 キュレーター
                                              湯本 愛


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